HOME> CONCERT> CONCERT 2007 WINTER> CHICAGO

曲目解説「Chicago」

『Chicago』を初めて観たのは、実はミュージカルそのものではなく、ミュージカル映画としての『Chicago』であった。そもそも、「ミュージカル映画」に対する予備知識といえば、MGM映画の代表格である『雨に唄えば』や『パリのアメリカ人』などのジーン・ケリー、『バンド・ワゴン』などタップ王様のフレッド・アステア、はたまた誰もが知っている『サウンド・オブ・ミュージック』のジュリー・アンドリュースなど、きら星の如くあげればきりがないが、その多くは1950年代に制作された、いわば「過ぎ去った時代の宝物」、といういわば偏見のようなものを持っていた。

ところが、その偏見は見事に裏切られたのである。

まさに冒頭のプランジャー・ミュートのトランペット・ソロから始まる音楽に、いきなり針付けになり、キャサリン=ゼタ・ジョーンズ演ずるヴェルマ・ケリーの迫力に圧倒され、『ブリジッド・ジョーンズの日記』の印象の強かったレネー・ゼルウィガー演ずるロキシー・ハートのキュートさに引き込まれ、意外と言っては失礼だがリチャード・ギアーのビリー・フリンのはまり役に納得。物語の舞台は1920年代、禁酒法の時代のシカゴなのだが、何と言っても、その時代を彷彿とさせるオールドスタイルのJAZZと、退廃的でこれぞ「スタイリッシュ」と言える映像が、映画やミュージカルに関して無知であった筆者の心に火をつけたのである。
その後、このミュージカル自体の沿革、特にこのミュージカルを生み出した「振付家の革命児」ことボブ・フォッシーの仕事について知る事となったのである。筆者の浅学では大した事は語れないが、フォッシーがマンネリズムに陥ってきたブロードウェイの振付に「フォッシー・スタイル」というスタイリッシュでセクシーなダンスをもたらした事。また、多才な彼はミュージカルの演出のみならず映画監督としての側面も持ち、『キャバレー』やフォッシーの自伝とも言える『オール・ザット・ジャズ』(実は『Chicago』の最初のナンバーの曲名でもあるが)を生み出した事、等々。

しかし、この『Chicago』も1975年にブロードウェイの舞台にのり、翌年のトニー賞のノミネート(10部門にノミネートされたが受賞はゼロ)の後は、「過去の名作」に埋もれようとしていたのだが、1996年に「過去のミュージカルの『アンコールシリーズ』」で構成を手直しして大好評を博し、以来10年間ものロングラン上演中(現在はアンバサダー劇場)という、今やミュージカルの名作としての地位を不動のものとしている。筆者が『Chicago』を知る事となったこの映画は、この1996年の再演版を元としているが、現代のブロードウェイの奇才と言われる振付師のロブ・マーシャルが監督に抜擢されたことでも話題になったようだ。そして、従来のミュージカル映画にありがちで、最も映画ファンに嫌われる「今、普通に話していた人が急に踊って歌い出す」ミュージカル・シーンを、登場人物(主にロキシー)の空想シーンに符合させることで、劇としての構成が独創的になり、ミュージカルファン、映画ファン双方からも絶賛の嵐を呼んだ事が、当時のアカデミー賞(2003年)の主要な賞を独占した結果にも現れているのであろう。 幸いにして、日本にいながら、この『Chicago』のミュージカル実演を何回か観ることが出来た。ミュージカルによくありがちな「Boys Meet Girls」的な筋書とは違い、「酒・女・そしてJAZZ」という1920年代が持つ「退廃的」なイメージを、独特の衣装とダンスで圧倒されたのだ。確かに、冒頭から女性が黒下着に黒網タイツとガーターベルト、男性ダンサーは胸がはだけた、ほとんど黒が基調の衣装であるし、「健康的」な感じは微塵もないセクシーな独特のダンス、これがフォッシー・スタイルなのか。そして、現在も楽曲を生み出しているジョン・カンダー(作曲)とフレッド・エッブ(作詞)のこの『Chicago』の音楽は、スコット・ジョプリンを初めとするラグタイムエイジから、ニューオリンズ・スタイルへの過渡期を思わせる楽曲が並ぶ。従って、このミュージカルは「All That Jazz(何でもあり)」など「Jazz」という言葉が、まだとても危険で退廃的なイメージ、または「ダンス音楽」という、一種「低俗な」音楽として捉えられていた時代のスタイルであるからなのか、その後一世を風靡したSwing Jazzのスタイルの楽曲は(一部を除き)、殆どラインナップにないのである。しかし、そういったスタイルの音楽が、より「フォッシー・スタイル」のダンスを際立たしているように感じている。

《あらすじ》

1920年代のシカゴ。ナイトクラブではヴォードヴィルスターのヴェルマ・ケリーのステージが、今日も繰り広げられている。客席ではヴェルマのようなスターを夢見る女、ロキシー・ハートがあこがれを持ってそこにいた。 しかし彼女は、お人好しで頭の弱い夫エイモスがいる身であるにもかかわらず、ショーへの売り込みという口車にのせられた浮気相手を拳銃で撃ち殺してしまう。ロキシーの「襲われた」という嘘を信じたエイモスが身代わりで自首するが、嘘はすぐばれてロキシーは逮捕され、連行された留置場では、マネージャーである夫とパートナーである妹を殺した罪で服役していた、あのヴェルマ・ケリーと出会う。

ロキシーはヴェルマの弁護士でもあり、野心家でもある悪徳辣腕弁護士、ビリー・フリンを色仕掛けで弁護士として雇う事に成功。かくしてビリーによって、ロキシーの殺人は「か弱い無実の女が野獣のような男に襲われた」として、ロキシーは一躍世間の注目を浴びるスターとなった。先に同じように世間に注目されていたヴェルマはロキシーの出現によって、スターダムの地位を失ってしまう。彼女は、ロキシーにコンビを持ちかけるが相手にされない。 法廷ではビリーの言うとおりに演技し、陪審員をとりこにしたロキシーだが、本当のスターは「裁判はショービジネス」と言い、名声と大金を得たビリーの方であった。

無事無罪を勝ち取ったロキシーだが、裁判が終わるや否や、世間は見向きもされなくなった。そこに、同じ道をたどって出獄したヴェルマが近づき、再びコンビを持ちかける。そして、前代未聞の殺人者コンビによるショーが始まるのである。

 
   
 
Copyright © 2009-2010 ALOHA BAND. All Rights Reserved.